2007年02月26日

報道機関によって、同じコメントでも、違う文章になるのは、なぜ?

本日は、午前に某社で会議。
夕方にも、某社で会議。
それ以外は、事務所で確定申告と格闘。

確定申告は、細かい作業が多いので、予想以上に時間をとられている。
他の仕事の進行状況が、滞っています。

やばいなぁ

疲れた頭を休めるために、ネットを見ていたら、
円楽さんが、落語の第一線から引退するという記事が掲載されていた(日刊スポーツ)。

いろいろな報道機関がこのニュースを伝えていたので、
だらだらと読んでいて、
「あれ?」っと思ったのが、
このニュースに対する桂歌丸さんのコメント。

桂歌丸さんが、報道機関の人々を前に話したと思うが、
文字になると、各報道機関で、びみょーに違う。

毎日新聞
円楽さんから「笑点」の司会を引き継いだ落語芸術協会会長、桂歌丸さんの話 

引退すると言っちゃったことは大変に残念。まだまだ後輩たちのお手本として高座に上がってほしいのだが。私たち噺家はしゃべらなくなったらただの人。多少体調が悪くて失敗することは誰だってある。自分で決めたことを曲げる人ではないが、しばらくしたら引退を撤回するように頼んでみたい。

産経新聞
「笑点」の司会を引き継いだ桂歌丸の話

「引退は早すぎますよ。まだやれる。高座で間違ったり忘れることは誰でもあるんですから。引退したらただのじいさんになってしまいます。しゃべることもリハビリのうち。しばらくして熱が冷めたら小言を言いに行きますよ。できれば引退を撤回してもらいたいですね」

どっちが本当なんでしょうか。

単語だけでなく、話している内容の順番も多少違う。

一例だが、
「私たち噺家はしゃべらなくなったらただの人。」というと、
ふつーの表現だが、
「引退したらただのじいさんになってしまいます。」というと、
ユーモアと寂しさを感じる良い文章だ。

で、どっちが本当にしゃべった内容に近いのでしょうか

ある事実を確かめたければ、
マスコミが伝える内容を信じるのではなく、
自分自身の目・耳・鼻・舌・頭で確かめることの重要性を改めて感じました


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